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ダムと地質調査(6)ボーリング調査の実際

2021年04月14日

 大型のダムは一般的に山の中に建設するので、当然ですが作業も山のなかです。また調査は工事の前に行いますから、工事用道路もなくトラックも入れない場所が調査地点になるのが普通です。

 ボーリング調査の資機材は鉄製のものが多く「重い!」です。ボーリングの深度は様々ですが、ダムサイトでは深い場合100m~200m程度掘削します。ボーリングマシンは深度に合わせて選択し、650Kgから850Kgの重量のものを使用するのが一般的です。そのほかに、ボーリングロッド(掘削用のパイプ)が1本約13Kg、保孔用のケーシングパイプが1本15~25Kgくらい。さらに給水用ポンプ、掘削用ポンプ、コア採取用のツールス、ツールスの昇降器具、孔内試験用の機器、こうしたものを山のように現地に持ち込みます。

 これらの資機材はキャタピラ付きの運搬車やモノレールを架設して運び込みます。深い川を渡る場合は索道(小型のケーブルクレーン)、運搬距離が長い場合はヘリコプターをチャーターして運ぶこともあります。場所によってはこれらの運搬方法を組み合わせて搬入します。  

 調査地点は斜面が多く、そのままでは作業できません。足場パイプで平坦な作業ステージを組み立て、そこに資機材を小分けして運搬します。ボーリングマシンは100Kg~200Kg程度に分解して運搬し、ステージの上で再度組み立てます。昔は100Kg程度の部材を2人がかりで担いで運んだりもしたのですが、腰を痛めるので、今ではそんなことはしません。(しかし、今でも「建設物価」の地質調査単価表の中に「人肩運搬」という項目があります。しかも単位がtです。何を考えているんだか・・・)

           ダムのボーリング作業現場

 そんなこんなで資機材を運び込み、組み立ててから掘削となります。コアボーリングは鋼製のチューブの先端にダイヤモンドビットを装着し、2~3mごとに掘削していきます。ボーリングコアは地層を解析するための第一の資料であり、もっとも大事な成果品です。したがって、コアは100%採取することが原則です。ところがこの「100%コアを採取する」ことはそう容易なことではないのです。

 コアボーリングは水あるいは水に添加剤を加えた泥水で掘削します。水がなければ掘削した掘りかす(のこぎりで木を切った時のおがくずをイメージすればいいです)が溜まり、掘削できないだけでなく、回転による摩擦熱で岩石が焼けてしまい、ボロボロになってしまいます。

 掘削水は必要不可欠なものですが、硬い岩盤の中に砂や粘土状に風化した部分があると、掘削水の圧力で容易に破壊され、その部分を流失してしまいます。これを避けるため、掘削水量を調整したり、添加剤で泥水の粘性(ねばりけ)をあげたり、先端のダイヤビットを特殊なものにしたりと、様々に工夫します。この岩質に合わせた最も適切なツールスの選択、掘削水の調整がボーリングオペレーターにとって最も難しいところであり、また腕の見せ所でもあります。

 

  コアチューブから取り出したボーリングコア

         深度に合わせボーリングコアを整理する

 ボーリングでは常に新鮮な硬い岩盤ばかりを掘るわけではなく、風化したり破砕したぼろぼろの岩盤もあり、孔内で崩壊する場合があります。特に断層破砕帯や地すべりの移動土隗では、こうした区間が長く続くことがあります。孔内で崩壊が起きると、掘削ツールスがボーリング孔内で抑留され、引き上げることができなくなるだけでなく、無理やり引き上げても元の深度まで到達できません。さらにこれを放置すると、崩壊により掘削水の水圧が上昇し、さらなる崩壊を招きます。

 こうした崩壊を防ぎ掘削を順調に進めるために、ケーシングパイプと呼ばれる掘削孔径より一回り大きなパイプを崩壊部まで挿入します。また、崩壊位置が深くケーシングパイプを入れるのが困難な場合は、セメントミルクを孔内に注入し硬化させ、周囲の岩盤まで固めてから掘削する、ということも行います。これらの作業を保孔作業と言います。

 しかし、崩壊箇所が多かったり、崩壊区間が長かったりするとこの作業も容易ではありません。ケーシング自体が崩壊する岩盤に締め付けられ動かなくなる場合があるからです。そうすると、さらに一回り大きい径のケーシングを挿入し、内のケーシングを締め付けられないようにしてから深い深度まで入れます。こうしたことを繰り返し、場合によっては3段から4段ケーシングを入れることさえあります。

 こうした掘削作業とは別のもう一つの難問が積雪です。東北の山奥で雪が消えるのは早くても5月連休明け、標高の高い豪雪地帯では7月上旬まで雪が残っています。そして11月下旬から12月には根雪になってしまいます。つまり実際に作業可能なのは6月から11月までの半年間しかないのです。雪が降りだす前に掘削を終了し、資機材を現場から出してしまおうと必死になります。

 積雪前に終わらずに年を越してしまうと、毎日雪かきです。作業地点に行くために雪かきばかりしていて、とうとう春になってしまったという悲惨な現場もあったなあ・・。大雪になり、車のあるところまで歩いて戻っても、車が動かせず、夕方心配した宿の親父さんが迎えに来てくれたこともありました。このようにダムのボーリング調査は平野部での一般調査とは違った難しさがあります。

 苦労話ばかり書きましたが、こうして苦労した現場をやり終えたときの充実感は何物にも代えがたいものです。また、こうした現場で技術を磨き、伝承することで現在の当社のボーリング技術が出来上がってきたのです。

 長々とダムと地質調査について書きました。ダムは大変に大きな土木事業であり、治水、利水、エネルギー、環境など様々な分野にかかわっています。そのため関連する分野も含め、まだまだ知っておきたいこと、また伝えたいことがあります。今はインターネットで様々な情報を容易に得ることができます。ダムについてのおすすめは、一般社団法人日本ダム協会が運営する「ダム便覧」です。今回も参考にさせてもらいました。

 国土交通省その他の管理するダムでは「ダムカード」を作成して、訪問した人に配布しています。ダムマニアの方は「ダムカードをGETする旅」を楽しんでいるようです。機会があれば「ダムカード」をもらってみてはいかがでしょうか(ダムカードにもレアカードがあるらしいです)。


ダムと地質調査(5)ダムの地質調査

2021年03月19日

 ようやく地質調査の話になります。

 最初に行うのが既存の資料収集、地形図・空中写真の判読、そして現地の地表踏査です。地表踏査は予定地周辺を実際に歩いて沢や道路の切土部など表面に表れている岩盤(露頭と呼びます)を観察し、地層の傾斜と走行(岩盤がどの方向にどう傾いているか)、岩石の種類を調べ、広く地質図を作成します。この作業を行うのが「地質屋」と呼ばれる専門技術者です。山の中で腰にハンマーをぶら下げて、岩をコンコンたたいている人がいれば、まず間違いなく「地質屋」です。

 広い範囲の地形図・空中写真を判読により、断層や地すべりなどのダムを作るにあたっての障害になる要素を抽出していきます。そしてこれらの作業の後に、現地でボーリングや物理探査などの調査作業を行います。

 ボーリング調査は、ダムサイトおよびその周辺での調査とダム湖周辺での地すべり調査に分けられます。

 ダムサイトはまさにダムの堤体が建設される場所です。ダム軸(ダム堤体の中心線)だけでなく、その周辺をグリッドに切ってボーリングを行います。多くのボーリングコアを解析し、想定地層断面図や岩級区分図を作成します。これらの図面をもとにダムサイト周辺の全体的な地質構造の解明と、問題になる断層などを確認します。またボーリング孔内での載荷試験や室内岩石試験により岩盤の強度を確認し、ダム建設における問題点を抽出します。

 ボーリング掘削と同時に、岩盤透水試験(ルジオンテストと呼びます)を5mごとに行い、岩盤の透水性を調べます。パッカーと呼ばれるゴムチューブを孔内で膨らませ、5m区間で孔内を締め切り、約100mに相当する水圧をかけて水を圧入します。これはダムに水をためたときにどの程度水が漏れるかを調べる試験です。堤体完成後に、ダムと堤体を密着させることと岩盤からの水漏れを防ぐ、グラウチングと呼ばれる岩盤の亀裂をセメントで埋める作業を行います。ルジオンテストはこのグラウチングのための重要な資料となります。

              ルジオンテストの概念図

             計測中のルジオンテスト

 掘り終わったボーリング孔では、ボアホールスキャナーと呼ばれる、全周囲を見ることのできるカメラを入れて観察することが現在では一般的です。このカメラには磁石が装着され、亀裂や地層が東西南北のどの方向に向かっていくのかがわかり、ボーリングコアの連続性を正確に知ることができます。

 これらのボーリングの結果から、設計・施工上の問題があれば、追加調査がさらに行われます。仮にダムを作る場所として不適であると判断されれば、ダムサイトを変更して新たに調査する、あるいはダムサイトを放棄するということが実際に起こります。

 ダム湖周辺の地すべり調査も必須です。一般的に地すべりは、豪雨や雪解けによって地下水位が上昇することと、地震の強振動によって発生します。ダム湖に水をためることで必然的に地下水位は上昇するので、地層中に地すべりを起こしやすい粘土層などの素因があれば、地すべりが発生します。大規模な地滑りがダム湖の周辺で発生すれば、前回述べたバイオントダムのようにダム湖に津波が起き、最悪の場合堤体決壊の危険性があります。

 ダム湖周辺で地すべりの可能性がある地形を抽出し、ボーリング調査を行います。ボーリングコアで過去の地すべりの痕跡やすべり粘土の有無を確認し、歪計や傾斜計という変動を計測する計器をボーリング孔に設置し、継続的に変動の観測を行います。これらの結果から、地すべりの危険性の高い斜面には、変動しないように対策工を行ってから湛水(水をためる)を始めます。

 原石山は、ボーリング調査によって、ダム堤体のコンクリート骨材やフィルダムの材料となるロック材、コア材をどの程度採取できるかを調べます。その結果、ダムサイトから適当な距離で利用可能な岩石が採取できるかどうか、また運搬のしやすさ、環境への影響も考慮して原石山の位置を決定します。

 古くから使われている道路は川に沿っているのが一般的ですが、そうした旧道はダムが建設されればダム湖に沈みます。これに変わる付け替え道路はダム湖の水位より高い位置に作らなければならないため、谷を越え、山をぬけて作ることが多くなります。つまり、トンネルや橋梁、切土や盛土で道路を作っていきます。これらの工事にあたっても、それぞれの位置でボーリング、物理探査を用いた地質調査を行います。

 こうしたボーリングを中心にした地質調査を長い年月をかけて行い、安全で社会の礎となるように建設工事が進められていくのです。


ブログ投稿文のご紹介

2021年03月03日

 当社ブログをご覧になっている方からの投稿文を紹介します。名前とお立場を伏せてという条件で掲載しますが、文章にあるとおり宮城県栗原市にお住いで、水防団などの地域のリーダーとしてご活躍されている方です。私たちは土木に係る技術者の立場から災害を見て、意見を述べているのですが、地域で実際に防災活動に携わり、行政とともに対策に取り組まれている方の意見は重いと感じます。

 まずは全文を紹介します。

 始めまして、こんにちは。私は宮城県栗原市瀬峰に在住しています。瀬峰地区は、一昨年の台風19号で、アイオン台風以来とも言える、住宅浸水被害が発生しました。水田等の冠水は毎年の事になっています。この中で、下流域にある、蕪栗沼遊水地の越流堤及び遊水域の貯水標高を高く設定したことによる、バックウォーターが原因ではないかと、思うようになりました。

 昨年来ネットを中心に、北上川全域の治水事業の流れなど、勉強をしています。御社のホームページもその中で検索する事が出来、特にブログを読ませて頂き北上川の有史以来の先人の大変な難業に驚きその恩恵にあずかっている事を改めて考えております。今回は、12月の『手前味噌ですが』のお話しを読み投稿させて頂いて居ります。

 北上川、旧北上川、迫川、旧迫川の違いも、現場を何度も見て歩くうちに良くわかりました。また蕪栗沼のこれまでの歴史、経緯、現在の遊水地の囲繞堤、周囲堤、越流堤、各機場等の総て、河川の形状規定高水位、流量等も把握する事ができ、縄文海進で海となっていた、全地域がまるでレントゲン透視したかの様に分かってきました。

 蕪栗沼遊水地については、自然遊水地となっていた時点の貯留水の標高を相当上回って造られている事が、全方向の流入河川にバックウォーター現象を起こしている、と思います。

 特に直上流4河川が通る瀬峰地区については、東北本線以西の堤防が、東側の遊水地対応堤防と比べて整備されていません。素人が見ても、直ぐに分かる位です。何故なのか不思議でしたが、何度も考えているうちに、鉄道橋が水没するために整備出来なかったのではないかと思うようになりました。東北本線が開通した150年ほど前には、今回の下流の高水位はありませんでした。ネットの情報から橋梁の標高と、河川高水位の差など知るにつけ、そのような私なりの結論に至りました。また、各地の遊水地も調査しましたところ、一関遊水地に平泉を流れる太田川と言う河川があり、これが堤防かさ上げで、東北本線が水没するようになるために、鉄道と平行に同じ高さの遮水堤防を造ったことが分かり、視察してきました。このシステムを瀬峰の河川に設置する事が出来れば解決できると考えています。

 また瀬峰を流れる小山田川の水位計のある富橋の左岸上流500m位に、霞堤が現存しています。江戸時代に造られたと思われますが、水門、樋門等一切ありません。これは、特に増水時、下流の水位の影響を受けます。河川と平行して、高清水まで直線の県道が走っています。これは明治時代に、天皇が瀬峰、高清水に在った陸軍の演習場視察の折、造った道路と言われています。その当時も洪水時に遊水機能をもっていましたので、どのような洪水が発生しても絶対冠水しない高さに設定したものと、思います。近年二回ほど冠水し不通に成りました。その時間も長い時間冠水しました。100年以上冠水したことが無いのです。蕪栗沼遊水地が完成してからの現象です。水位標高の関係を表していると思っています。

 更に、蕪栗沼遊水地の周囲堤(kp8.7)と小山田川右岸堤防、地区右側丘陵が自然堤防の役割を果たし小山田川上流右岸が決壊すれば、囲まれた居住区、水田300ヘクタールが水没します。標高8.7m以上で決壊すれば、本川が減水しても戻りません。これを想定しての排水機場、水門等ありません。この地区はアイオン台風で、決壊し、東北本線が堤防と成りダム湖のようになり、一週間水没しました。その後決壊し水が引いたのです。その後東北本線は2か所に隧道を造りましたので、それ以後は決壊しても、下流に流れるので、大丈夫だと言われて、安心して暮らしていました。まさか、蕪栗沼遊水地の周囲堤で新たに水没させられようとは、思いもしませんでした。

 やがてまた降雨シーズンが来ます。地区住民の願いは水害被害に成らない事です、この平和な時代に、生命は助かるでしょう、そのことは行政、地区民一体で万全を尽くしています。しかし被害の惨状を見て、絶望する姿が、目に浮かびます。毎回消防水防団が豪雨の中、右往左往しています。

  堤防も、決壊しない堤防を造ってもらいたいものです。どんなに河道確保しても、上回る雨量があれば、決壊の恐れがあります。今現在、国は決壊しない堤防と、言いません。それでも粘り強い堤防と言って、一歩前進はしたと思います

 蕪栗沼遊水地の関係については、栗原市長、市議会、土地改良区、地区区長会、地区民などに情報を共有して頂き、洪水被害の軽減に向けて行動を起こして頂いています。簡単に解決する事は出来ませんが、管理者である県と話し合いを続けていきたいと思っています。

 このブログでも平成30年西日本豪雨や令和元年台風19号などの被害について紹介し、感想を述べてきました。昨今の雨量強度の増大は、これまでの水害対策では対応しきれないものになってきていると多くの人が感じていると思います。

 昨年、国土交通省は「流域治水」の方針を打ち出しました。これは河川の上下流すべての水を河道内に閉じ込めて排水するというこれまでの治水の考え方を変え、ある程度河道の外に洪水があふれることを許しながら、破堤による大被害を抑え、被害の怖れのある地域では危険の少ない場所へ家屋の移転を誘導するという方針です。(「流域治水」についてはまた改めて詳細を述べたいと思います)

 この方針転換は正しいものだと思いますが、ではどこに水を誘導するのか、またその補償はどうするのか、といった各論のところで、各地域住民との利害調整が必要になります。

 今回の投稿者の方は、地域の地形、堤防の位置、高さ、そこから予想される被害の範囲を想定し、どうやって水害を起こさないようにすべきか取り組んでおられます。ご自身の地域だけでなく、他の地域も視察され対策を模索している姿には本当に頭が下がる思いです。今後の水害の激甚化に対して、行政・地域住民・技術者が協力して対応していかなければならないのですが、地域住民の方の取り組みの一例として広く知っていただければと思います。 


ダムと地質調査(4)ダムの事故

2021年02月20日

 今回は過去に起きた代表的なダム事故を取り上げます。

海外におけるダムの事故

セントフランシスダム(1928年)

 アメリカ・カリフォルニア州で1928年に完成したアーチ式ダム。堤高約60m、堤頂長180m。初期湛水時に堤体が崩壊し、下流の住民約450人が死亡しました。原因は、左岸アバットメントが、岩盤中にあった古期大規模地すべりの上にあったこと、ダムの基礎幅が不足し、揚圧力に耐えられなかったことと判断されています。

マルパッセダム(1959年)

 フランス南部ヴァール県に建設されたアーチ式ダム。堤高66m、堤頂長22m。1954年に完成しました。1959年2月2日、堤体が完成して初めての大雨で満水状態になり、その16時間後に左岸基礎地盤が下流側に移動し、堤体が崩壊、決壊しました。下流の二つの村が濁流に呑み込まれ、421名が死亡しています。原因はダム左岸の岩盤に薄い粘土層があり、これが動くことでダムに亀裂が入ったことが原因とされています。この事故は岩盤工学やダムの基礎設計に必要な構造力学が飛躍的に発展するきっかけとなったと言われています。

バイオントダム(1963年)

 イタリア北東部ヴェネト州に1960年に完成したアーチ式ダム。堤高262m、堤頂長190m。ダムの貯水開始後、地すべりが頻発し、1963年10月9日、ダム上流で大規模な地滑りが発生し貯水池に流入しました。これにより津波が起こり、越流した水がダム下流のロンガローネ村を襲い、2,000名以上の人が犠牲になりました。ダム本体はほとんどダメージがありませんでしたが、ダムは放棄されてしまいました。この事故は、その後のダム建設において、地すべりの可能性を含め、周辺の地質を調査する重要性を認識させるきっかけとなりました。

ティーントンダム(1976年)

 アメリカ・アイダホ州に多目的ダムとして建設されたロックフィルダム。堤高93m、堤頂長930m。1975年に湛水し、1976年6月3日に漏水が確認され、その2日後、6月5日に堤体が崩壊し、死者11名、被害総額20億ドルと、アメリカで最悪のダム事故と言われています。盛土内部の侵食により右岸側着岩部に漏水が発生し、パピングによって破堤したものです。現在も史跡として崩壊跡地が保存されています。調査報告書では、設計、施工ミスと緊急時の対応の不徹底さと指摘しています。河床部の透水性の高さは建設段階から指摘されていました。

石岡ダム(1999年)

 台湾台中県石岡郷に建設された重力式コンクリートダム。堤高20m、堤頂長357m。1999年9月21日に発生したマグニチュード7.5の台湾集集地震の地震断層の変位により、右岸側が約7.6m隆起し、段差発生の直撃により堤体が決壊しました。この事故による人的被害は報告されていません。

日本におけるダムの事故

幌内ダム(1941年)

 北海道紋別郡雄武町に1940年12月に完成した発電用ダム。堤高21m、堤頂長162m。1940年11月に1年11か月という短期間で本体が完成しましたが、1941年6月6日に集中豪雨のため一気に水位が上昇すると、おびただしい流木がゲートに漂着してダムの放流機能を喪失しました。洪水はダム本体から越流し、水圧に耐えきれず本体中央部が崩壊し、決壊しました。このため下流部の幌内部落で60名が死亡しています。原因は粗悪なコンクリートを使用して建設したことと言われていますが、戦時中であり詳細な原因究明が行われず実態は不明のままとなっています。

平和池(1951年)

 1949年に京都府亀岡町に完成した農業用貯水池。堤高19.6m、堤頂長82.5m。1951年7月11日に京都府一帯に降った集中豪雨により、貯水池堰堤を越流し、決壊。下流の柏原地区で75名、亀岡町で21名が死亡しました。

 ため池の事故にはこれ以外に死者941名を出した愛知県犬山市の入鹿池決壊事故(1868年)、死者108名を出した京都府井出町の大正池決壊事故(1953年)などがあります。いずれも豪雨により堰堤が決壊したものです。

藤沼ダム(2011年)

 福島県須賀川市に1949年に完成した農業用アースダム。堤高18.5m、堤頂長133m。2011年3月11日の東日本大震災により堤体が決壊し、死者、行方不明者8名という大惨事となりました。最大地震動442ガル、50ガル以上の振動が100秒以上続き、この強振動によって堤体すべりが発生したとされています。藤沼ダムは2017年に同じ位置に再建されています。地震による貯水池、農業用ダムの決壊で死傷者が出た例は1930年以降世界で報告例がなく、極めてまれな事故と言われています。

 有名なダムの事故を取り上げましたが、ここで留意してほしいのは、事故の多くは完成直後の湛水時、あるいは満水になって短時間で発生していることです。ダムの堤体が完成後長期を経て経年劣化によって壊れたという事例はほとんどありません(正確には聞いたことがありません)。建設当時としては最新の技術で最大限の調査をして設計していたと考えられますが、結果から言えばダムの事故は当時の基準の甘さによる、ダムサイトおよびダム湖周辺の地質調査の不足と、それによる設計ミスが原因となっているのです。

 ため池の事故の原因は、大雨による越流がほとんどです。土堰堤は普通の堤防と同じで、水が越流すると堤体下部が浸食されて崩壊に至ります。ダムは堤体の越流を許さないように洪水吐あるいは余水吐を設けていますが、小型のため池は洪水吐を持たないものがあるため、豪雨により破堤に至ってしまったと考えられます。

 また、地震でダムが破壊された例は、藤沼ダムと活断層の直撃を受けた石岡ダム以外はほとんどありませんが、藤沼ダムの事故を受けて、全国でため池の耐震性照査のための調査が現在も行われています。

※ダムの写真はいずれもwikipediaから引用しました。


ダムと地質調査(3)ダム工事の流れ

2021年02月09日

 ダムは大変に大きな土木工事なので、ひとつのダムを建設するまで長い時間を要します。計画を立ててから完成するまで、20年から40年かかるというのが普通です。ダム技術者が「本体工事に取り掛かれば終わったも同然」というほど、実は本体工事に取りかかるまでの調査と地権者、地元との交渉に大変な時間がかかります。

 まず、ダムを造るために適した場所を選定します。望ましい場所は、なるべく少ない材料で目的とする貯水量を貯められる場所です。広い集水域を持ち、なおかつ河谷の幅が狭く、堅固な岩盤でできている渓谷ということになります。そして、ダムを作った後に水が漏れないところです。こうした場所を選定し、詳細な地質調査、環境調査を行います(調査については後で詳しく説明します)。

 建設工事の流れは次のようになります。

①工事用道路の建設 バックホーやクレーンなどの大型重機、セメント、砂利などの資材を運搬するための道路です。古い道路を利用することが一般的ですが、拡張したり、路盤を補強することも少なくありません。重量物や大きな寸法のものを運ぶため、急なカーブは道を広げ、橋が重量に耐えられなければ架け替えることもあります。

②川の迂回 水の中ではダムを建設できないので、工事中は一時的に河川の水を迂回させる「転流工」と呼ばれる河川処理が必要になります。この方法には「仮排水トンネル」「仮排水開渠(暗渠)」「半川締め切り」の3方式があります。河川流量、川幅、経済性を考慮して決めます。フィルダムや川幅の狭い渓谷では一般的に「仮排水トンネル」を採用します。ダム本体が完成すると、仮排水路は締め切り、コンクリートで埋めてしまいます。

        転流工・仮排水トンネル 

③基礎岩盤掘削 ダム堤体を新鮮な硬い岩盤に建設するため、土砂や風化した岩盤を取り除く掘削工事を行います。掘削は発破や大型重機を使いますが、最後は人力や小型機械により、基礎岩盤を緩めないように「仕上げ掘削」し、緩んだ部分は入念に除去します。清掃後に、コンクリートダムでは岩盤とコンクリートを密着させるためにモルタルを敷き込み、フィルダムの場合も、コアが載る岩盤とコア材を密着左折ために、スラリー処理と呼ばれる、粘土で岩盤の局部的な凹凸を埋め、水漏れを防ぐ処理を入念に行います。

           基礎岩盤掘削

④コンクリートプラント・骨材製造設備の建設 ダムのコンクリートは一般のコンクリートよりも粗骨材(石ですね)がはるかに大きく、水量の少ない非常に硬いコンクリートを使用します。また、大量のコンクリートを使用するため、ダムの建設現場でコンクリートを製造する「バッチャープラント」と呼ばれる設備を建設します。また、近くの原石山から採取した岩から骨材を製造する設備も建設します。

⑤堤体の建設 いよいよダム本体の盛り立てです。コンクリートダムは一般的なコンクリ-ト構造物のように「型枠にコンクリートを流し込んで作る」というよりも「コンクリートのブロックを積み上げていく」というイメージで作られていきます。通常1回あたり1.0m~1.5mを単位とした層を何層にも分けて積み重ねていくという手法をとります。この方法は、施工上の都合と温度ひび割れを発生させないためです。

         堤体建設中のダム

 コンクリートは、打設後水和反応を起こしながら硬化しますが、この時にコンクリート内で温度が上昇します。一度に大量のコンクリートを打設すると、温度が上がりすぎて堤体の中と外の温度差でひび割れが発生してしまうからです。

 一方フィルダムは、堤体内部の「コア(水漏れを防ぐ粘土層)」とその両側のフィルター、ロックをほぼ同じ標高で盛り立てていきます。この中で特に重要なのが遮水層であるコアの締固めです。一般的には20~30Cmづつ盛り立てて振動ローラーで締固めます。

⑥原石山の掘削 原石山からはコンクリートの骨材や、ロックフィルダムのロック材を採取します。なるべくダム堤体に近いところから採取することが望ましいのですが、近くにない場合は、経済性の面からダム形式を変更する可能性も出てきます。

⑦グラウチング 基礎岩盤の隙間にセメントミルクを注入し、充填する作業をグラウチングと呼びます。これはダム基礎岩盤の「みずみち=亀裂」をふさぎ、基礎を一体化し、弱層部を補強するためのものです。ダムの水漏れ防止と、基礎岩盤の補強のために重要な工事です。

          グラウチング作業

⑧付け替え道路の建設 ダム湖に沈む古い道路に変わる新しい道路の建設も必要になります。これはダム湖よりも高い位置に建設します。ここでは切土や盛土、トンネルや橋梁の建設も行われます。

⑨移転する地元の人たちのための代替用地の確保と、宅地の建設

 これらの工事を、本体工事を中心にしながら並行して進め、最後に管理施設の建設、湛水試験を行い、安全を確認して完成となります。こう書いてくると、ダムを建設するためには実に多様な工事が必要なことがわかります。

 先にも書いたとおり、ダムは河川管理施設等構造令の技術基準に基づいて設計され、建設されるのですが、基準が作られてきた背景には、残念ながら事故の教訓があります。ダムの事故が起きれば大変大きな被害が発生します。過去に実際に起きた事故を教訓に、安全に建設するための基準が整備されてきたのです。次回はこの過去のダム事故について取り上げます。