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【流域治水】の背景

2021年08月06日

 2021年4月28日、国会においていわゆる「流域治水法案(特定都市河川浸水被害対策法等の一部を改正する法律案)」が可決、成立しました。これは治水の基本方針の転換として大きなニュースとなり、新聞、テレビでも広く報道されました。

 まず、この法案の成立までの流れを簡単に追ってみます。

・2020年1月23日、土木学会が「台風19号災害を踏まえた今後の防災・減災に関する提言~河川、水防、地域、都市が一体となった流域治水への転換~」を発表。

・2020年7月、社会資本整備審議会が「気候変動を踏まえた水害対策のあり方について~あらゆる関係者が流域全体で行う持続可能な『流域治水』への転換」を答申。

・2020年7月6日、国土交通省は「総力戦で挑む防災・減災プロジェクト」を公開。

・2021年2月2日「流域治水法案」を閣議決定。

・2021年3月30日、国土交通省は全国109全ての一級水系の「流域治水プロジェクト」を一斉公開。

・2021年4月28日「流域治水法案」が国会で成立。

 このように、土木学会の提言から法案の成立まで、約1年3か月と一気に進みました。これはやはり近年の水害の多発に対する危機感が広く国民に共有されていたからだと思われます。

 一連の流れの端緒となった土木学会提言は「明治以降、流域のバランスを考えた治水事業が功を奏し、全般的には治水安全度が飛躍的に向上したが、・・高度成長期以降、都市化が急激に進み、氾濫リスクが高い領域にも関わらず、平時の利便性から市街化が進んだ地域が多い」とまず指摘します。そして「高齢化と人口減少により・・現状では治水事業や水防等が『体力不足』の現状にある。」「近年のように激甚な洪水被害に見舞われ、・・さらに今後の気候変動の影響によりますます降雨負荷が増加することは確実である。」したがって「国家の存亡をかけて、防災対策に大胆な投資を進めていく必要がある。」そのためには「流域全体を俯瞰して土地利用の見直しを進め、それに基づく効果的、かつ効率的な国土強靭化策を講じる必要がある。」と訴えています。

 簡単にまとめてしまいましたが、率直かつ大胆にわが国の将来を見据えた内容で、さすが土木学会と感じさせる提言となっています。

 ここから社会資本整備審議会の答申や法案が出てきています。内容は多岐にわたるので実際に読んでいただけばいいのですが、私なりにまとめると【流域治水】を提案した背景は二つです。

(1)気候変動による降雨の激化

 下のグラフは気象庁が発表した、日降水量200ミリ以上の年間発生率の変化です。1901年からの120年間のデータを解析した結果、1日の降雨量が200ミリ以上という大雨を観測した日数は増減を繰り返しながらも、長期的には明瞭な増加を示している、としています。1901年に1地点当たり平均0.67日であったものが、1.27日に増加しているので、統計上有意な変化といえるでしょう。

 気象庁は温暖化が現状で進んだ場合、200ミリ以上/日の降雨量、50ミリ以上/時間の強い雨の頻度が、21世紀末には20世紀末の2倍以上になると予想しています。これが本当に温室効果ガスによる温暖化に原因があるのかどうかは議論の余地があると思いますが、気候変動による豪雨の激化は間違いのないところだと考えられます。この危機意識が背景のひとつめです。

(2)日本社会の変化

 昭和30年代の高度経済成長期以降、大都市への人口の集中が起こり、かつては雨が降れば湛水し遊水地化するような河川沿いの低平な場所も、連続堤によって守られ、住宅や工場が建てられ、生活と生産の場所として活用されされるようになってきました。

 東京ではもともと水害の多かった東部低地帯の江東5区だけでなく、かつては水害と無縁と思われていた山の手でも水害が多発するようになりました。いわゆる都市型水害です。山の手の台地を刻む谷川沿いの低地でも宅地化が進み、降った雨は道路の舗装や屋根にさえぎられ、地下に浸透することなく下水道を通じて直ちに河川に流出します。排水系統の整備により、局地的豪雨でも身近な中小河川が氾濫するようになったのです。

 昭和32年の諫早水害、昭和57年の長崎水害もそうした都市型水害の典型例です(ちなみに長崎水害での1時間180mmの時間最大雨量の記録は現在でも破られていません)。

 もう一つの変化が「少子高齢化」による人口減少の影響です。「提言」では「高齢化や人口減少により、水防活動、避難は一層困難になっている」と指摘しています。これまでの防災活動の主体であった地方自治体の体力が限界に近付いているということです。

 このように社会条件が変化していく中で、平成20年代後半から、温暖化による降雨の激甚化が指摘されるようになってきました。平成29年九州北部豪雨、平成30年西日本豪雨、令和元年東日本台風(台風19号)、令和2年7月豪雨(球磨川水害)など毎年のように発生する水害は、これまでの治水の技術、考え方では対応しきれないのではないか、と強く感じさせることになりました。これらの変化が【流域治水】という考え方への転換をもたらしたのです。