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最上川についていろいろ (1)令和6年7月水害

2026年03月31日

 昨年1222日、山形県戸沢村で、20247月の集中豪雨で甚大な浸水被害を受けた同村蔵岡地区の集団移転に向けた第3回住民説明会があり、集団移転事業に同地区の住民69世帯全員が同意し、約7割が村が示した場所(最上川対岸の高台地区)への移転を希望している、という報道がありました(20251224日朝日新聞デジタル)。戸沢村はこれで防災集団移転の事業要件を満たしたので、今後事業計画を策定し、新年度に国土交通大臣に提出したい、と述べています。

 戸沢村蔵岡地区は、新庄盆地をかすめるように大きく屈曲して西に流れる最上川が、最上峡に入る手前にあります。隣の古口地区とともに過去に何度も浸水被害があり、最上川の堤防を兼ねる国道47号線と、背後にある長さ約1kmの輪中提(2023年完成)によって守られるはずでした。しかし想定を超える雨量によって、本流側の堤防を越えた最上川の流れに集落が飲み込まれてしまいました。

   蔵岡地区の輪中提整備計画(最上川流域治水プロジェクトから抜粋)

         平成30年水害時の蔵岡地区の状況

 国交省と山形県、県内各市町村は令和2年に最上川流域治水協議会を作り、最上川の総合的な治水に取り組んでいます。流域治水については、当ブログ2021830日の「流域治水とは何か」で述べましたが、2021年(令和3年)428日に成立した「流域治水法」を背景にしています。気候変動による降雨の激化と、都市化と人口減少という日本社会の変化に対し、これまでの堤防、ダム、遊水地というハード面での対策だけでなく、ソフト面の対策を含めた総合的な対策を、ひとつの流域の前関係者が協議し、作り上げていくというものです。

 最上川はひとつの水系で山形県のほぼ4分の3を占めているので、ほとんどすべての市町村を含んだ協議会になっており、最上川の上、中、下流域、各地区ブロックの協議会がさらに構成されています。

 この流域治水プロジェクトは多岐にわたっており、ここで詳細に述べる余裕はありませんが、対策のレベルは戦後最大の洪水を記録した昭和42年、44年洪水のおよそ1.2倍の降水量に対応できるものとしています。蔵岡地区の輪中提はこの基準から設計されたものでしたが、2024年水害はこれを超えるものでした。

 2024724日から27日にかけて、秋田、山形県境付近を中心に記録的な大雨となり、山形県北部で線状降水帯が発生し、大雨特別警報が計2回発表されました。多くの雨量観測所では観測史上1位を記録し、秋田県子吉川水系の大清水(由利本荘市)では559mm、最上川水系の差首鍋(真室川町)で403mm、新庄で400mmを記録しています。

 秋田県の子吉川、山形県の鮭川などの最上川中下流域、酒田方面の日向川、荒瀬川で氾濫、浸水害、土砂災害が発生しました。この水害による死者は5名、この中には救助要請を受けて出動し、殉職した2名の警察官も含まれています。全壊、半壊から床下浸水を含めた住宅被害は、秋田県で311棟、山形県で1,779棟、計2,090棟となっています。

 ともかく記録的な豪雨だったことがこの水害の原因ですが、戸沢村古口、蔵岡地区の地形的位置も重要です。蔵岡地区は右支流の鮭川、古口地区は左支流の角川が合流する地点にあたります。もう少し上流には肘折からの銅山川、最上町からの小国川も合流しています。つまりここは最上川の大きな支流が合流し、最上峡に流れ込む、氾濫が非常に起きやすい場所なのです。

          蔵岡地区の位置(地理院地図を編集)

 松尾芭蕉が「五月雨を集めてはやし最上川」と詠み、日本三大急流と呼ばれる最上川ですが(あとの二つは富士川と球磨川)、特別に急流なわけではありません。ごく普通の平均傾斜の川と言っていいと思います。ただ、途中に碁点、三ケ瀬、隼の瀬といった難所があったために急流というイメージができたと思われます。

 最上川は流路長229km、流域面積7,040km2で、流路長で日本第7位、流域面積で第9位の大河川です。何より山形県の面積(9,323km2)の75%を占めていて、山形県はほぼ最上川の県と言っていいくらいです。かつては最上川の支流であった赤川を含めると85%にもなります。

 山形県で最上川以外の流域にある川は、小国町を流れる荒川、庄内地方で鳥海山を源流とする月光川、日向川、月山・朝日山系を源流とする赤川しかありません。荒川は飯豊・朝日山系を源流としていますが、河口は新潟県村上市であり、管轄は北陸地方整備局になっています。

 最上川の大きな特徴は、盆地と狭窄部を連ねて流れていることです。上流から米沢盆地、長井盆地、山形盆地、尾花沢盆地、新庄盆地、庄内平野とそれぞれの間にある狭窄部です。河井山狭窄部、荒砥狭窄部、大淀狭窄部、最上峡が盆地を繋ぎます。それぞれの盆地には支流が合流し、増水した流れが狭窄部の入り口で氾濫を起こします。これらの場所に応じて最上川は違った顔を見せてくれます。

 最上川は、歴史、文化、経済、物流など、さまざまな面で山形県において非常に重要な位置を占めてきました。こんなことにも触れながら最上川についていろいろ述べていきたいと思います。