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地震と活断層について(3)内陸型地震(その1)

2021年11月05日

 吉村昭の小説「闇を裂く道」は、東海道本線の熱海-三島間を結ぶ丹那トンネルの工事を描いたものです。この中に昭和5年11月26日に発生した北伊豆地震によって、工事中の岩盤が断層で移動してしまった場面が描かれています。少し長くなりますが引用します。

そこには信じられぬ情景が見られた。

 切端の岩肌に接して鳥居状の支保工が組み立てられているが、意外なことに左右に立っていた二本の柱のうち、右側の柱が消えている。広田(※災害対応のために鉄道省本省から派遣された技士)たちはなぜそのようになっているのかわからず、呆気にとられて左側に立っている一本の柱を見つめた。

 立ちすくんでいた支保工長が、足をふみ出して柱に近づき、恐るおそる手をふれたが、不意に後ずさりし、広田たちに顔をむけた。目には驚きというより恐怖の色が濃く浮かんでいた。

「どうした」

 広田が彼の顔を見つめた。

「あの柱は右側にあったもので、それが左側に移っています。左側の柱は消えています」

 支保工長は、とぎれがちの声で言った。

「断層が動いたのだ」

(中略)

 岩肌が鏡のように滑らかになっているのは、粘土質の東西の地塊が断層線を境にして、お互いにこすりあいながら動いたからであった。岩肌には水平に条痕が幾筋も走っていて、地塊が水平に動いたことを示していた。

(吉村昭「闇を裂く道」文春文庫より)

       北伊豆地震発生直後の丹那トンネル切羽の写真

 北伊豆地震はちょうど掘削していたトンネルの切羽にあった丹那断層がずれ動いて発生した地震で、M7.3、死者・行方不明者272名の被害が出ています。また、トンネル工事中の作業員3名が死亡しています。地震後に地表に出現した断層を確認することはありますが、地下で断層の動きを確認できた極めてまれな事例と言えます。

 写真①は兵庫県南部地震で淡路島に出現した地震断層です。また②は、熊本地震で地表に現れた断層です。畑の作物や畔のずれによって断層の動きが明瞭にわかります。また①は左側(上盤側)が上がった逆断層、②が右横ずれ断層(断層線の前に立った時、向こう側が右にずれている断層)であることもよく理解できます。

        写真①淡路島に現れた野島断層

          写真② 熊本地震で地表に現れた断層

 これらは活断層の動きが目に見えてわかる地震の例ですが、すべてがこのように明瞭にわかるわけではありません。海底での動きは当然見えませんし、内陸地震でも地表に断層の動きが表れないものもたくさんあります。

 1995年の兵庫県南部地震(阪神大震災を起こした地震)以降の、気象庁が名称を定めた地震は以下のとおりです。

1.1995年 兵庫県南部地震 M7.3 最大震度7 死者6,437人

2.2000年 鳥取西部地震 M7.3 最大震度6強 負傷者182人

3.2001年 芸予地震 M6.7 最大震度6弱 死者2人 負傷者288人

4.2003年 十勝沖地震 M8.0 最大震度6弱 死者2名

5.2004年 新潟県中越地震 M6.7最大震度7 死者68人負傷者4805人

6.2007年 能登半島地震 M6.9 最大震度6強 死者1人 負傷者356人

7.2007年 新潟県中越沖地震 M6.8 最大震度6強 死者15人負傷者2346人

8.2008年 岩手・宮城内陸地震 M7.2 最大震度6強 死者23人負傷者426人

9.2011年 東日本太平洋沖地震 M9.0 最大震度7 死者21,959人

10.2016年 熊本地震 M7.3 最大震度7 死者273人 負傷者2809人

11.2018年 北海道胆振東部地震 M6.7 最大震度7 死者43人 負傷者782人

 このように気象庁が名前を定めた大きな被害があった地震は11回ありました。このうち2007年新潟中越沖地震は海底下が震源地ですが、海溝型ではなくプレート内の内陸地震に分類されています。プレート境界型の大地震は2011年東日本太平洋沖地震と2003年の十勝沖地震の2回のみで、あとはすべて内陸型地震です。また、マグニチュードはやはりプレート境界型が大きく、M9.0、M8.0とトップ2になっています。

 海溝付近で発生するプレート境界型地震と違って、内陸型地震(直下型地震)は陸側プレートの地殻内で発生します。過去日本で起きた最大の内陸型地震は、明治24年の濃尾地震でM8.0と推定されています。ところで地震のエネルギーを示すマグニチュード(M)は、1増えると31.6倍、2増えると約1,000倍になります。したがって、東日本太平洋地震に比べると、濃尾地震は約1/30、2016年の熊本地震はM7.0なので約1/1000となります。しかし内陸型地震は、エネルギーは小さくても、震源が近く、震度が大きくなるため、決して侮れません。

 また、内陸型地震のもう一つの特徴は、プレート境界型地震に比べ地震波の周期が短いということです。地震波の周期はマグニチュードが大きいほど長くなり、比較的ゆっくりとした揺れが長く続きます。低層の建物ほど短周期の地震波と共鳴しやすいため、内陸型地震では木造家屋の被害が大きくなります。東日本大震災では津波の被害が圧倒的に多く、建物の倒壊が意外なほど少なかったのはこの地震波の周期によると考えられます。一方、阪神大震災や熊本地震で家屋の倒壊による被害が大きかったのは、短周期の地震波が卓越したためでした。ただし、これらの被害の違いは地震波だけでなく、土地の地質構造にも影響されます。